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最高裁判所第三小法廷 昭和56年(オ)47号 判決 1983年9月20日

上告人

小林繁夫

右訴訟代理人

鶴見祐策

被上告人

株式会社城北タイル

右代表者

菅谷忠克

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人鶴見祐策の上告理由第一点ないし第六点、並びに上告人の上告理由第一、第二点について

原審が適法に確定した事実関係によれば、本件税理士顧問契約は、被上告会社が、税理士である上告人の高度の知識及び経験を信頼し、上告人に対し、税理士法二条に定める租税に関する事務処理のほか、被上告会社の経営に関する相談に応じ、その参考資料を作成すること等の事務処理の委託を目的として締結されたというのであるから、全体として一個の委任契約であるということができる。

ところで、委任契約は、一般に当事者間の強い信頼関係を基礎として成立し存続するものであるから、当該委任契約が受任者の利益をも目的として締結された場合でない限り、委任者は、民法六五一条一項に基づきいつでも委任契約を解除することができ、かつ、解除にあたつては、受任者に対しその理由を告知することを要しないものというべきであり、この理は、委任契約たる税理士顧問契約についてもなんら異なるところはないものと解するのが相当である。

所論は、税理士顧問契約においては、税理士が受任事務を処理するにあたつては税理士法により諸種の規制を受けており、これによつて委任者の民法六五一条一項に基づく解除権は制限されていると主張する。しかしながら、税理士法による規制は、税理士顧問契約の委任契約としての性質をなんら変更するものでないから、同法による規制があるといつて、委任者の契約解除権が制限されると解することはできない。論旨は、独自の見解であつて、採用することができない。

所論は、さらに本件税理士顧問契約は、顧問料を支払う旨の特約があるから、受任者の利益をも目的として締結された契約であると主張する。しかしながら、委任契約において委任事務処理に対する報酬を支払う旨の特約があるだけでは、受任者の利益をも目的とするものといえないことは、当裁判所の判例とするところであり(最高裁昭和四二年(オ)第一三八四号同四三年九月三日第三小法廷判決・裁判集民事九二号一六九頁)、また、税理士顧問契約における受任事務は、一般に、契約が長期間継続することがその的確な処理に資する性質を有し、当事者も、通常は、相当期間継続することを予定して税理士顧問契約を締結するものであり、本件税理士顧問契約において、依頼者たる被上告会社から継続的、定期的に支払われていた顧問料が上告人の事務所経営の安定の資となつていた等の原判決判示の事由も、これをもつて受任者の利益に該当するものということはできない。論旨は、独自の見解であつて、採用することができない。

以上説示したところによれば、本件税理土顧問契約は、被上告会社が民法六五一条一項に基づき、いつでも解除しえたものであるから、被上告会社がした本件解除の意思表示により終了したものというべきであり、これと結論を同じくする原審の判断は、結局、正当として是認することができる。所論中その余の点は、判決の結論に影響を及ぼさない原判決の説示部分を論難するか、又は独自の見解に基づいて原判決の不当をいうものにすぎず、論旨はいずれも採用することができない。

上告代理人鶴見祐策の上告理由第七点及び第八点、並びに上告人の上告理由第三点について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず、いずれも採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(木戸口久治 横井大三 伊藤正己 安岡滿彦)

上告代理人鶴見祐策の上告理由

第一点 判例違反

一、原判決は、上告人と被上告人間の本件顧問契約が、委任類似の契約関係であると解した上、民法六五一条一項の類推適用については、原則的にこれを認め、ただ①受任者である税理士と委任者との間に信頼関係を失わしめる事由あるいは信頼関係に危惧の念を抱かしめる事由が生じたとき、②当該税理士の病気等により業務の処理が困難となつたとき、③依頼者に当該税理士に業務を委託する等する必要性が乏しくなるような事由が生じたときなどの三点を例示して、「相当な事由があるときにおいてこれを解除することができる」とし、この限度において民法六五一条の適用は、制約されていると判示している。税理士顧問契約に同条が、そのまま適用されるものではないと述べている点は、第一審判決に比べて一応評価できるが、解除を相当とする事由の例として挙げている内容を見ると、実質的には、これが何ら適用を制約する方向で機能するとは解されないものであつて、きわめて疑問といわねばならない。②は、税理士の側において依頼者が要求するところの業務を完全に遂行することが不可能ないし困難となつた場合であつて、民法六五一条の適用の有無を論ずるにあたつて、想定すべき事例としては不適当であるから論外として、③の依頼者側において、当該税理土に業務を委託する必要性が乏しくなるような事由とは、税理士顧問契約の解除が問題とされる事例すべてに共通のものであろうから、このような概括的、抽象的な内容を、この問題に持込むならば、いかに言葉の上で「限度」を論じてみたところで、実際には、適用を除外される事例はあり得ず、およそ無意味なものとならざるを得ないからである。そしてこのような事実上制約の機能を失わしめる内容が挙示されていることによつて、①に掲げる当事者間の信頼関係の喪失あるいは危惧の念を抱かしめる事由の意義とその度合も稀薄なものにならざるを得ないのである。依頼者の側から「必要性が乏しい」と認められる以上、契約解除が許されるという程度にまで低い線に引下げてしまうならば、全体として「相当な事由があるとき」とされる場合はきわめて広範なものとなり、何らの限界をも設けなかつたにひとしいものとなろう。

要するに、原判決は、適用の限界や制約を論ずる形をとりながら、実質においては、税理士顧問契約に委任者の随意解除を認めた民法六五一条一項の例外の余地のない適用を容認したものにほかならないのである。

二、ところで民法六五一条については、これは受任者が委任者の利益のためにのみ事務を処理する場合に限つて適用されるべきものであつて、受任者の利益をも目的とする場合には、これによる契約解除は許さないという法理が判例上確立している。例えば大審院大正九年四月二四日判決(民録二六輯五六二頁)は「委任ハ当事者双方ノ対人的信用関係ヲ基礎トスル契約ナルヲ以テ自己ノ信任セサル者ヲシテ其事務ヲ処理セシムルコト能ハサルト同時ニ自己ノ信任セサル人ノ事務ヲ処理スルハ受任者ノ人情トシテ堪へ難キ所ナリトス是民法第六百五十一条第一項ニ於テ『委任ハ各当事者ニ於テ何時ニテモ之ヲ解除スルコトヲ得』ト規定シタル所以ナリ従テ同条ハ受任者カ委任者ノ利益ノ為メノミ事務ヲ処理スル場合ニ適用アルモノニシテ其事務ノ処理カ委任者ノ為メノミナラス受任者ノ利益ヲモ目的トスルトキハ委任者ハ同条ニヨリ委任ヲ解除スルコトヲ得サルモノト解スルヲ相当トス蓋シ後ノ場合ニ於テ委任者カ右法条ニヨリ何時ニテモ委任ヲ解除シ得ヘキモノトセムカ受任者ノ利益ハ著シク害セラレルニ至ルヘケンハナリ」とする。大審院昭和七年三月二五日判決(民集一一巻六四頁)も同趣旨である。なお、受任者が委任者の利益の為、委任事務を処理すべき場合については、「受任者ノ意思ノミヲ以テ委任ヲ解除スルコトヲ得サルモノトス」とする判例(大審院大正六年一月二〇日民録二三輯六八頁)がある。

この先例は、最高裁昭和四〇年一二月一七日判決(裁判集民事第八一号五六一頁)や、最高裁昭和四三年九月二〇日判決(判例時報五三六号五一頁)に引継がれている。同判決は、「本件委任事務の処理は、委任者の利益であると同時に受任者の利益でもある場合にあたるものというべきである。そして委任が当事者双方の対人的信用関係を基礎とする契約であることに徴すれば、右のような場合においても、受任者が著しく不誠実な行動に出た等やむをえない事由があるときは、委任者は民法六五一条に則り委任契約を解除することができるものと解するのを相当とする」というものがあるが、委任事務の処理が、委任者のみならず、受任者の利益でもある委任については、受任者が著しく不誠実な行動に出た等やむをえない事由があるときに限り、民法六五一条一項により解除できるという判旨として読むことができる。なお、高裁段階の判例としては、「もつぱら受任者の利益を目的とするもの、あるいは委任者、受任者双方の利益を目的とする委任契約は、当事者一方が任意にこれを解約することができない」とする大阪高裁昭和三六年一一月三〇日判決(判例時報三〇六号一二頁)がある。

三、原判決は、税理士顧問契約につき、「右契約は、通常顧問料の授受を伴うものであり、右継続的、定期的顧問料収入は、当該税理士事務所経営の安定の資となつている」ことを認めているのであるから、これが有償の契約関係であり、税理士業務等につき処理する側の当該税理士にとつても報酬という利益を目的とするものであることは疑問の余地がない。これを委任にあてはめてみるならば、まさしく「受任者ノ利益」をも内容とするものであることは明らかなのである。そして、この性質は本件の場合に限らず税理士顧問契約に共通するものである。

そうだとすると、税理士顧問契約の如き契約関係はその性質上、民法六五一条一項の適用を原則的に排除するのが従来の確立した判例の法理から導き出される当然の結論でなければならない。委任者側からいうならば、受任者たる税理士に著しい不誠実な行動があり、信頼関係を損う具体的な事由があるときに限り、顧問契約の解除が法的に許容されるものと解すべきである。

四、以上のとおり実際の適用において、税理士顧問契約が無条件に民法六五一条一項のもとにあることを容認したと解さざるを得ない原判決は、前記大審院以来の判例の趣旨に実質上反したものにほかならず、この点において、まず判例違反の評価を免れないものというべきである。よつて原判決は破棄を免れない。

第二点 理由不備、理由齟齬

一、原判決が民法六五一条一項により解除できる場合として例示する前記「必要性が乏しくなるような事由」とは、具体的に何を意味するのか明瞭ではない。当該税理士を必要としているのに、契約解除するということはあり得ないし、解除する以上は、例えば信頼関係を失わしめる事実など何らかの理由があつて行なわれるのであるから、そこで問題となるべき理由とは、必要性が乏しくなるかならないかの次元のものではあり得ない。必要がないから解除するという論法が、解除を相当とする事由として容認されるならば、およそ契約解除がなされるものは、すべて相当であつて、原判決の構成に従うと、民法六五一条一項の適用を受けることにならざるを得ない。このことは前述のとおりである。原判決は、例示の①として信頼関係の喪失あるいはその危惧の念を挙げていながら、解除を相当とする事由としてのその独自の意義を事実上、無に帰せしめるような③の必要性の乏しくなるような事由というものを付加する点において、重大な誤りをおかしているといわねばならない。③が事由として成立つならば、①を挙げることは不要であり、無意味とならざるを得ないからである。

二、このようにみてくると、原判決のこの点の判示は、理由の重要な点で不備ないしはくいちがいがあるといわねばならない。

第三点 理由不備、審理不尽

一、原判決は、民法六五一条一項による解除を相当とする事由として、まず前記①の信頼関係を失わしめる事由あるいは信頼関係に危惧の念を抱かしめる事由を例示しているが、ここでいう危惧を、単に一方当事者の内面的な想念にとどまる程度で足りるものと解するならば、まことに不都合な結果となろう。やはり、客観的な事実があつて、その事実から信頼関係の破壊に至ることが合理的に推認される場合に限られるものとすべきである。単なる主観的な疑念では、事実上無限定なものとなり、解除を容認する限界を画すことにならないからである。

二、原判決が結論において本件につき、民法六五一条一項による契約解除を肯認したのは、この点の解釈において不十分であつたことに由来していると思われる。このことは後述どおりであるが、この重要な論拠について掘下げて明確にしなかつた点において、原判決は、理由不備ないしは、判決に影響を及ぼすべき審理不尽の違法があるといわねばならない。

第四点 理由不備、審理不尽

一、原判決が前記③の「必要性が乏しくなるような事由」を例示している点は、理由不備ないしは理由くいちがいの評価を免れないこと前記のとおりであるが、仮にこれが民法六五一条一項による契約解除を相当とする事由として是認されるとしても、原判決は前述のとおり、本件の如き顧問契約は、その性格上、長期間にわたり継続することがその事務の的確な処理に資するものであつて、右顧問契約の当事者は、その関係が一時的なものではなく、相当の期間継続することを前提にして契約を締結するのが通常であると解されるとし、また右契約は通常顧問料の授受を伴うものであり、右継続的、定期的顧問料収入は、当該税理士事務所経営の安定の資となつているものということができるとの認定をしているのであるから、依頼者側の都合のみで「必要性が乏しくなつた」として契約解除をすることを認める以上は、例えば、民法の雇傭契約などに規定があるように相当期間の予告を要するとするか、さもなければ、何らかの補償を行なつて、当該税理士の利益が不当に損なわれることのないような手だてがとられることを解釈上の要件とするべきものであろう。そうでなければ、到底論旨一貫しないといわねばならない。

継続的な契約においては、相当の金銭的出捐について補償をしなければ解約を許さないとする判決がある(名古屋高裁、昭和四六年三月二九日、判例時報六三四号五〇頁)。同判決は、「かかる特定商品の一手販売供給契約にして、供給を受ける者において相当の金銭的出捐等をしたときには、期間の定めのないものといえども、供給をなす者において相当の予告期間を設けるか、または相当の損失補償をしない限り、供給を受ける者に著しい不信行為、販売成績の不良等の取引関係の継続を期待しがたい重大な事由(換言すれば已むを得ない事由)が存するのでなければ、供給をなす者は一方的に解約をすることができないものと解すべきである。けだし、右の如き契約は、期間の定めがないときといえども、その性質上相当長期間に亘り、且つ、当事者双方の利益に資するために供給を受ける者が人的物的の投資をなすべきことが予期されるものであり、しかも右投資が現実になされているにおいては、契約の安定性が要請せられ、供給をなす者において自由に解約をすることのできる権利を抑制し、相当の制限を加うべきものであることは、公平の原則ないし信義誠実の原則に照して、これを相当とするからである。」としている。(ちなみに、広告放送の契約に関する事案であるが、ことがらの性質上、相当期間の継続が要請される給付がその目的となつている契約関係において、いずれかの一方的な意思表示によつて自由に解約をなしうるとの原則を文字どおり適用することは軽々に是認し難いとし、解約には三カ月の予告期間を要するとした岡山地裁昭和四五年三月二四日判決――判例時報六一三号八〇頁――がある)これらの点において原判決の論究はきわめて不十分である。

二、よつて、原判決には、第二点とは別の意味で、理由不備ないしは、判決に影響を及ぼすべき審理不尽の違法があるというほかない。

第五点 法令違背(事実認定上の法則違反)

一、本件税理士顧問契約の性質について

(一) 原判決は、上告人、被上告人間の本件顧問契約は、税理士法二条所定の税理士業務の委託及びそれに関連する経営コンサルタント的なサービスの提供業務を内容とするものであり、実際の仕事は税理士固有の業務よりは被上告人会社の経営自体に参画することの方が大きな比重を占めていたと認められると判示している。

(二) しかしながら、いわゆるコンサルタント的業務の根底には、税理士業務を十全に遂行する目的があり、この二つの業務の形態を截然と区分することは、むしろ実態から遊離してしまうのであつて、完全な誤りというべきである。原審裁判所は、この点の認識を著しく欠いている。しかも、純然たる税理士業務以外の業務の比重が大きいという認定も、上告人が顧問税理士として迎えられて、その任にあたつていた期間を通してそうであつたというわけでないことは、証拠上明白なところであつて、被上告人会社が第二会社として発足した前後から、しばらくの間、コンサルタント的な業務形態の具体的事務の委嘱が、比較的多かつたというにすぎないのである。比重を云々するならば、その関与の時点を明確にすべきであろう。

(三) 原判決が本件の税理士顧問契約を、税理士法(旧法以下同じ)二条に定める「租税に関し、税務代理、税務書類の作成、税務相談及び関連事項に及ぶ」、いわゆる税理士業務と、これを截然と区別すべき経営コンサルタント的業務との異質の二つを給付の内容とする、特殊な契約関係と理解しているように思われる。しかしながら税理士業務というものはそのような単純なものではなく、顧問契約の対象とされる事務も原判決が想定するような経営コンサルタント的業務は、必ず随伴するのが通常であつて、決して本件に特異なものではないのである。たしかに税理士は、依頼者の委託により税理士法二条の事務を行なうのであり、これが基本ではあるけれども、これらの事務を処理するためには、税法が会計理論を基礎としているところから、その前提となるもろもろの会計業務が必然的に付随するのであり、従つて、税理士の業務を誤りなく行なうためには、自から記帳、決算等の会計事務にたずさわることが、絶対に必要となる。とりわけ法人税の場合には、当該事業年度の益金損金の認定は、会計理論に基づくところから、一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従つて計算されねばならない(法人税法二二条四項)。そして確定申告書は、株主総会等の承認を受けて確定した決算に基づいて作成し、提出することを要し(七四条)、この決算に織込むべき事項は、①減価償却資産の償却費、②繰延資産の償却費、③国庫補助金、工事負担金、非出資組合に係る賦課金、保険金等、交換、特定の現物出資により取得した資産の圧縮額の損金算入、④収用、換地処分、特定の資産の買換えの場合の圧縮額の損金算入、⑤国庫補助金等に係る特別勘定の経理、保険差益等に係る特別勘定の経理による損金算入、⑥貸倒引当金、返品調整引当金、賞与引当金、退職給与引当金、特別修繕引当金、製品保証引当金への繰入金額の損金算入、さらに価格変動準備金、海外市場開拓準備金等、各種の準備金への繰入、国庫補助金等については、決算上と利益処分による処理との選択が認められるが、どちらを選択すべきかを判断する必要があり、株主総会提出議案である利益処分に関する関与も求められることになる。

このほか、①使用人兼務役員の賞与、②役員支給の退職金給与、③寄付金、④災害等による資産評価損等は、法人の確定した決算において費用又は損失として経理しないと認容されない費目であるから、税理士は、単に会計処理のみならず、経営の実態についても、深く、正確に把握しておく必要がある。

以上のとおり、確定決算の原則に基づいて事務を処理しなければならない当然の結果として、税理士業務は、特殊な性格が付与されてこざるを得ない。すなわち、税務代理、税務書類の作成、あるいは税務相談のいずれをとつても、会計記録の記帳、整理、保管を同時に行なわなければ、十全を期し難いのであり、その会計記録の解明、陳述、開示も当然付随した職務内容に含まれる。そして顧問契約によつて税理士が依頼者から委託される業務は、租税に直接かかわる事務のみならず、財務、金融、労務、経営分析など企業経営のあらゆる分野に及びこの執務の具体的内容も、書類の作成、鑑定、相談、記帳と多岐にわたり、これらの各分野や各種の具体的事務も相互に密接にかかわり合い、いわば経営コンサルタント的に全体として統一されたものとして進められなければならない。まさにそれらは、単位の並列的な集合ではなく、総体として統合されなければ、意味がないのである。

このようなことから、税理士の行なうべき業務の内容と性質は、包括的なものとならざるを得ないとともに、税理士法上にいう税理士業務と切離して、いわゆる経営コンサルタント的業務の独自の領域を認識することは不可能というほかないのである。

(四) ところで税理士顧問契約によつて、税理士がなすべき業務は、依頼企業が正常に営業しているときでも、日常的継続的に必要なのであるが、とくに企業の営業開始時には、特にその事務が多種・多量なものとなり、経営相談的業務のウエイトが高くなるのは当然である。(企業の分割、合併、清算または新規投資などの場合も同様である。)

本件の場合、当初旧磯十商店の清算と第二会社たる被上告会社の設立という事態が重なつたため、外見上経営コンサルタント業務の事務量が大きな比重を占めざるを得なかつたのである。そして企業の存続の過程には種々変動があり、税理士の業務もそれに伴つて質的、量的に変動するものであるが、本件に関しては、既に上告人側の第一審の第一準備書面(昭和四八年一月二十六日付)においてその詳細を明らかにしているように当初の昭和四六年一〇月については、上告人の業務日数二六日中、被上告人にかかわる関与日数は二四日、一一月は、二四日中二一日、一二月は、二七日中一八日と関与の度合いがきわめて強かつたことが示されている。それが翌四七年一月から徐々に少くなり、一月は二二日中一二日、二月は二四日中八日、三月は二六日中一五日、四月は少し増加し二四日中一七日という推移をたどつているものの、五月には二五日中八日となつている。さらに、六月は決算月、八月は税務申告や税務調査の立会いなどで関与日数が若干増加しているが、これはまさに、一般税理士の業務の趨勢と一致し、本件が特異な例では全くないことが明らかなのである。この点について被上告人からは、何らの反論も反証もなされていない。

そして前述のように、これら経営コンサルタント的業務に従うことが、原判決のいう税理士固有の業務を委託の趣旨に従つて正確に遂行することと密接不可分に結びついており、まさにそのためのものということができるのである。

(五) そうだとすると、原判決は、この点において本件の記録と証拠に基づかずして事実を認定し、誤つた判断をしたものといわねばならない。

二、本件顧問契約の基礎について

(一) 原判決は、本件契約は、旧会社である磯十商店側の上告人に対する強い信頼関係に基づき締結されたものであると認定しているが、第二会社たる被上告人会社の設立は、磯十商店側の事情もあるが、親会社である淡陶側においても、当時業績不振に陥つており、同社の販売市場を確保し、売上高の低下を防ぐためには、絶対的な要請であつたのであり、上告人の税理士としての力量に信頼して、もつぱらこれに依拠していた事情が存するのである。従つて原判決が、本件契約の解除に関し、被上告人会社において、上告人との信頼関係に危惧を抱いた背景的事情として、この点をあげるのは、明らかな誤りというべきである。このことは、上告人本人尋問の結果はもちろん、被上告人の代表者米沢徹本人の尋問結果によつても明白なところである。

(二) また原判決は、本件顧問契約が、磯十商店の清算事務と上告人の従前からの顧問先である山磯タイル等との信頼関係の拡大継続という特別の事情を基礎として成立したものと認定しているが、上告人は被上告人会社の顧問税理士となつてから、その存続、発展に誠心誠意力をつくし、第一期に早くも役員賞与、株主配当の決議ができるまでに業績を上げるのに貢献しており、後述のように、被上告人は山磯タイルとの間に何らのトラブルもなかつたのであるから、第一期が終了した時点での本件契約解除につき法的な評価を加えるにあたつて、ことさら本件と無関係な山磯タイルとの信頼関係を持出し、これの拡大継続ということを特別の基礎とするなどという判断を行なう必然性は全くないのである。

(三) さらに上告人を被上告人会社の顧問に推挙した関係者が、被上告人会社からいなくなつて淡陶の支配が強くなつたこと、従つて上告人と被上告人会社の新経営者らとの間の人的信頼関係が稀薄化したと認定しているが、これも証拠によつて示された事実に明らかに反している。

まず第二会社方式は淡陶側の提案であつて、上告人はこれを磯十商店側に説得する淡陶側から要請された立場なのであり、淡陶側からの将来にわたる顧問の要請を受けたことを前提にしているのであるから、いわば両者からの要請にもとづいて、第二会社の成立に努力したものといいうるのである。また新経営者との表現を用いて、被上告人会社において経営者の交代があつたかの如く認定しているが、登記簿上、第一期役員のうち退社した桜内義勝や昭和四七年四月七日付で退社した前田義一らも、役員会に出席せず経営には全くかかわつていない非常勤役員であつたし、新たに取締役となつた二名中一名は、磯十商店から参加した菅谷忠克で、代表取締役となつたものであり、もう一名の鈴木三郎は、もと淡陶特約店の東京出張所で、ただ一人専従者であつたところ、営業の継続が困難となつていたので、被上告人会社の経営が軌道にのつた時点で救済のため受容れることになつていた経過があり、その履行として役員に加つたにすぎず、これによつて経営者が新たな陣容となつたものでは到底ありえない。このことは、上告人本人尋問のほか、被上告人代表者米沢徹本人尋問の結果からも、ゆうに認められるところである。

原判決は、事実と異つた内容を前提に本件顧問契約の基礎を論じているにすぎない。

三、営業上の秘密漏洩の危惧について

(一) 原判決は、被上告人会社を退社した加藤幾晴が「山磯タイル販売部」と称してタイル販売を始めたところから、営業上の秘密が、上告人を通じて山磯タイルに洩れることを危惧するに至つたと認定しているが、これも客観的な事実に反している。

(二) まず山磯タイルは、被上告人会社発足前からあつた会社であつて、上告人は、その顧問であつたのであるから、今更秘密が漏れることをとりあげる理由とはなり得ないし、また加藤幾晴が山磯タイルに入社した事実も、同社が販売部を設置した事実もない。(被上告人側が証拠として提出している淡陶発行の出荷伝票は、正本ではなく、しかも一部改ざんの疑いがある上、その日付は本件契約解除後五か月近くも経過後のものである。)また、被上告人会社は、淡陶の第一次特約店であるから、第一次特約店から仕入れるべき一般のタイル販売業者とは、競業関係には立たないことが明らかである。

(三) 従つて、本件契約解除通告に際して、被上告人会社側から山磯タイル販売部があるとか、営業上の秘密が洩れるおそれなどについて、何らの言及もなされなかつたのは当然である。山磯タイル販売部の問題等契約解除の理由らしきものは、第一審の被上告人側第二準備書面(昭和五一年一一月五日付)において、はじめて被上告人側から主張されたものである。この内容については同、上告人の第一二準備書面(昭和五二年一一月一〇日付)において、詳細に反論され、その成立ち得ないことが明らかにされているところである。

この点においても原判決は事実と証拠に基づかない認定をしているとの批判を免れない。

四、本件契約解除に際しての理由の明示について

(一) 原判決は、昭和四七年八月二一日、被上告人会社において、上告人に対し理由を告げて同月末日をもつて顧問契約を解除する旨告知したと認定している。

(二) しかしながら、八月二一日に、理由を明確に告知した事実は全くない。被上告人代表者が作成した甲第三号証の打切書にもそれに相当する記載はなく、むしろ上告人の側から理由を聞き出そうとしたが、米沢はただ「これだけお世話になりながら」とか「申訳ありません」とかいうばかりで、一向に要領を得なかつたのが真相である。理由を明示しなかつたことは、被上告人代表者米沢徹本人尋問の結果からもうかがわれるところであり、かえつて「山磯タイルとの関係でトラブルはなく、従つて山磯タイルとのことが原告との顧問契約解除の動機ないし理由になつてはいない」(昭和五二年三月二二日)旨供述しているところである。げんに、上告人は、被上告人会社あてに昭和四七年八月三一日付書面(甲第四二号証)をもつて重ねて理由の告知を求めているが、それに対する被上告人会社の同年九月七日付回答書(甲第四四号証)は、「理由の如何を問わず、何時でも解除できる」旨応答したにすぎなかつたのである。理由が明確に告知されていたならば、このような経過が生まれるはずがないであろう。だからこそ本件では、第一審以来、理由を明示しないで契約解除が許されるかどうかが、法律上の重要な問題点の一つとされてきたのである。

(三) 被上告人代表者の供述ですらこれを肯認するに足る事実が認められないのに、安易に、それ相当の理由を明示したかのような認定を行なつた原判決の誤りは重大といわねばならない。

五、以上のとおり原判決は、本件の枢要な部分において証拠に基づかず、あるいは証拠の評価を誤り、採証法則に違反して、事実に背く認定を行なつた違法があり、この違法は、判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄されねばならない。

第六点 法令違背、審理不尽

一、原判決は、税理士顧問契約の一方的解除が、脱税相談等不法な税理士業務を招来する弊害の可能性を認めながら、右のような事情は税理士の顧問契約に特有なことではなく、解除についての相当事由の存否を判断する前提として考慮すれが足りる事柄であつて、同契約が永続的に存続するものとすべき理由とはならないと判示している。

二、しかしながら、この問題は、永続性ということもあるが、それよりも、解除理由の明示の必要性を根拠づけるものとして、第一審以来、上告人において強調してきたものである。たしかに税理士顧問契約は、依頼者たる企業と当該税理士との間の私的な合意に基づくものであり、税理士は依頼者の求めに応じて、そのために税理士業務を行なうものであるけれども、依頼者の個人的な意思や目前の利益に全面的に従うのではなく、税理士法(旧法)一条が定める「納税義務を適正に実現し、納税に関する道義を高める」という社会的使命に則り、独自の立場と判断によつて、依頼者の正当な利益を擁護することが要請されている。

それ故にその事務の内容と性格は、おのずから税理士法や租税法等の公法的な制約を受けざるを得ず、従つてまた税理士顧問契約の法律関係も、対国という公法関係とのかかわりを生ずるところから、単に依頼者と当該税理士との私的自治にのみゆだねることはできず、必然的に解釈上の修正がなされなければならないのである。

三、ところで当事者のいずれか一方の意思による契約解除といえども、そこには何らかの理由が伴うわけであるが、その理由の当否は、税理士顧問契約の場合、必ず法的評価にさらされねばならず、そのためには、理由の外形的な明示が不可欠といわなければならない。何故ならば、前述のように税理士は、税法の枠と税理士法の規制の下に執務すべき立場上、依頼者の要求であつても、法的許容の限度を超えるものについては従うことはできず、むしろ依頼者の失望や不興を買つても、その事務が違法ないし不当である所以を説明あるいは説得し、翻意を促すことにつとめることこそが職責上要請されているからである。そのことによつて、税理士は、依頼者に対する真の信頼関係を維持し、育てなければならないのである。もし、依頼者が自己の思うままにならない税理士との契約を、何ら理由を示すことなく、自由に解約できるものとするならば、税理士は安んじてその職責を全うすることができないことは明らかである。税理士が自己の職務上の信念に基づいて、正しい態度をとり、このことが解約の真の理由とされたとしても、その理由が客観的に明らかにされないことによつて、法的判断の対象とされることなく終り、このことの当否が論議の埓外とされてしまうならば、当該税理士にとつて、何らの法的救済の途がないことに帰する。やむなく税理士は、解約を免れるためには依頼者の不当な要求に従い、その意を迎えるほかないであろう。これは税理士を職業とするものにとつて自殺行為にほかならないのである。

四、また原判決は、淡陶が、出向社員の給与のつけ替えや、滞貨商品を大量に被上告人会社に引取らせた行為が問題であることを認めながら、本件の契約解除がこれを指摘した上告人を排斥する動機のもとになされたと認めるに足りる確証はないと判示しているが、その内容を見ると、被上告人会社に何ら貢献することが期待できない人物を受け入れさせ給料を負担させたり、淡陶の期末に、ことさら被上告人会社に倉庫を賃借させ権利金、家賃等の負担をさせた上で滞貨商品を大量に押し込み販売をしたりしている事実は、被上告人会社の課税所得を意図的に減少させ、租税回避につながる行為であつて、公正・公平な課税の大原則に違反する重大問題であつた。この点を指摘して会計処理に異を唱えた上告人が、親会社である淡陶からは、自らの意向に従わない不都合な税理士と受取られたことは、いわば当然であり、明らかなところである。この点でも、原判決の判断には誤りがあるといわねばならない。

五、以上のとおり原判決には、税理士顧問契約に、前記公法上の制約から、民法六五一条一項の適用がないとすべきであるのに、この解釈をとらず、また脱税につながる不正経理の問題については、単に相当事由の存否の前提として考慮すれば足りるとした上、本件については、契約解除の適否の判断に影響ないものとした点において、法令の正当な解釈を誤り、あるいは、審理不尽の違法があり、この法令違背は、判決に影響を及ぼすことが明らかである。よつて原判決は破棄されるべきである。

第七点 法令違背、審理不尽

一、原判決は、上告人が顧問依頼のあつた一社を辞退したこと、事務員一名を雇用したことを認めながら、これらは本件顧問契約上の事務処理とむしろ間接的に関連するだけの事情であつて、本件解除が、民法六五一条二項の「不利ナル時期」における解除に該当するものということはできないと判示する。

二、しかしながら、本件契約が、何時解除されてもやむを得ないような不安定なものであつたならば、上告人において他社の依頼を辞退したり、少なからぬ経費の支出を伴う新たな事務員を雇用するようなことはあり得ない。むしろ、被上告人会社との顧問契約が永続し、その関係が安定しているとの認識があつたからこそ、上告人としては、右のような対応を行なつたのであつて、仮に原判決のように民法六五一条一項により契約解除が容認されるならば、依頼者側の一方的な解除に対して相手方税理士が、損害をこうむるのは明らかなのであるから、まさに同条二項の「不利ナル時期」における解除とみなし、損害の賠償によつて利害を調整するほかないのである。

三、この点において、原判決の究明は、きわめて不十分なものといわざるを得ず、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背、審理不尽の違法があるといわねばならない。

第八点 法令違背、審理不尽

一、原判決は、本件契約解除が、信義則に反するとか権利の乱用に該当すると断ずるに足りる事情も認められないとするが、これが、その時期、方法において異常であるばかりでなく、前記の如き不正の動機に基づくことは明らかである。

二、すなわち、上告人は、被上告人会社設立当初から業務日程の大半をさいて誠実に必要な事務を行なつてきたのであり、努力のかいあつて第一期から利益配当できる実績をあげてきた。税務調査も何ら非違事項もなく無事終了したがその直後に、突然、解約の通知がなされている。税理士業界では他に例を見ない常軌を逸した処置というほかはないのである。

三、これは要するに公正妥当な会計処理の基準により、経理を行なうことで譲ることのなかつた上告人が、淡陶の意向にそわなかつたからにほかならない。被上告人会社が、主張する解約の理由は、それを糊塗するためにあとから考え出した口実にすぎないのである。従つて、仮に民法六五一条一項による解除が認められるとしてもこのような解除権の行使は、著しく信義に反し、権利濫用の評価を免れない。

四、この点において原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背ないしは審理不尽の違法があり、原判決は破棄されるべきである。

上告人の上告理由<省略>

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